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競艇の第一人者といえば

町ができって、姿勢を正した。 そしてシャッターの音を聞くと、リラックスした。
競馬場のカメラマンが横からの姿を撮りたいといいだし、それに合わせてシービスケットの向きが変えられた。 だがシャッターを押そうとするたびに、首をかしげてカメラを見てしまう。
カメラマンはアシスタントに馬の気を引かせ、その間に自分は薮のなかから撮ろうとしたが、この時もシービスケットは大きく首を回してカメラを見つめた。 8分がすぎ、Sはニンジンを引っぱり出して、アシスタントの手に押しつけていった。

「ほら、あいつの好物だ。 ぎりぎりで届かないところにかざしてやれ。
写真はそのすぎに撮ればいい」。 こうして、やっと撮影は完了した。
ようやく旅行ができるまでに回復したPも、かつて自分が大いに羽振りを利かせていた街に戻った。 て以来、最多の崇拝者を擁する訪問客を迎え入れようとしていることに気づいた職員たちは、大急ぎで準備に取りかかった。
南下してくる大勢の人々を運ぶために、特別列車のダイヤが組まれ、州境からの道路の拡張工事も始まった。 競馬場は馬券売り場を増設し、馬場内に12箇所の賭け金を扱う場所を設けた。
さらにクラブハウスの空いたエリアをすべて開放し、臨時スタッフを山ほど雇った。 駐車場には1万5千台の車が収容できたが、それだけで足りないのは火を見るよりも明らかで、仮設駐車場用に土地を切り開いた。
その努力も焼け石に水だった。 3月27日、レース開催日の夜明け直後に、一台目の車のヘッドLが国境でまたたいた。
正午になると、かつての″地獄への道″はシービスケットのファンでごった返し、国境の警官はなんとか車を4つの車線に分けて渋滞を緩和しようとしたが、しょせんは無駄なあがきとなった。 数時間のうちに、車は競馬場の入り口から国境まで数珠つなぎになってしまった。
競馬場では臨時駐車場も朝の早いうちに満杯になり、観客は車を路肩に乗り捨てて、徒歩で競馬場に向かいはじめた。 路肩も満車になると、車は街のゴルフ場になだれこみ、さらには一般家庭の芝生にも侵入した。
第一レースが始まるずっと前に、入場者は収容人数を超え、史上最多を記録した。

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